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【百人一首】12番歌「天つ風 雲のかよひぢ 吹きとぢよ をとめの姿 しばし留めむ」の意味などを解説!

百人一首

作者

僧正遍照

816~890年

任明天皇に仕えたが、天皇が亡くなったことを悲しんで僧になった。

三十六歌仙の一人。

意味

空を吹く風よ、雲の中の通り道を吹き閉ざしておくれ。舞を終えて帰ろうとする天女のような乙女たちの姿を、もうしばらく地上に留めておきたいから。

解説

宮中で行われた収穫を祝う儀式で、「五節ごせちの舞」を踊る娘たちの姿を見て詠んだ歌

宮中で毎年冬に行われる収穫を祝う儀式に、「豊明の節会」というものがありました。この儀式では、「五節の舞」という踊りが披露されるのが習わしでした。貴族の家に生まれた未婚の娘が、毎年四~五名ほど選ばれて舞を踊りました。

舞を見て感動した作者は、踊る娘たちを天女に例えました。当時、天女は雲の中にある通り道「雲のかよひ路」を通って、天と地を行き来すると考えられていました。作者はそれをふまえて、天女の通り道を閉ざしてほしい、と風に願っているのです。

もっと詳しく

平安時代から伝わる年中行事

平安時代に宮中で行なわれていた年中行事のなかには、現実にも受け継がれているものがあります。お正月の鏡餅や七草がゆ、秋の月見などは平安時代にはすでにあったものです。

節分は、現在では二月に行われますが、当時は「鬼払いの儀式」として年末に行われていました。

七夕は乞巧奠きっこうでんと呼ばれる行事でした。現在と同じように、織姫と彦星をまつりました。平安時代には、「音楽や詩歌などの芸事が上手になるように」と、七夕の日においのりする習慣があったといわれています。

平安貴族たちも、一年の間に行われるさまざまな行事を通して私たちと同じように季節の移り変わりを楽しんでいました。

一年の行事例

1月1日/鏡餅

長寿を願う儀式。

飾り方は異なるが、餅の形(鏡餅)は現在のものと同じ。

1月7日/七草

七草を入れた粥を食べて健康をいのる。

4月/賀茂祭かものまつり

貴族の行列が練り歩く。現在は、京都府の賀茂神社で「葵祭」として続けられている。

6月30日/夏越しの祓

茅野の輪をくぐって身のけがれを祓う神事。現在でもさまざま神社で行われている。

7月7日/乞巧奠きっこうでん

七夕のこと。平安時代は裁縫や音楽、詩歌などの芸の上達を願った。

8月15日/観月

十五夜の月見。すすきなどを飾ってうたげが行われた。

12月31日/追儺ついな

鬼払いの儀式。邪気を払うもよおし。現在の節分に当たる。

ゴロ合わせ

あまつさんはおとめだね

原文

 

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